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{
  "title" : "お菓子を仕事にできる幸福",
  "isbn" : "4822244083",
  "date" : "2004-09-20T02:54:20.000Z",
  "publisher" : "日経BP社",
  "authors" : "木曽 健一, 中田 英寿",
  "categories" : "その他",
  "score" : "★★★★★",
  "comment" : "最近はメッキリ大人しいものだが、その昔、コマッシャクレタガキだったので、この種のタイトルを見ると大概「ケッ」っと思うのが常だったりする。所謂、ジャンルとして明らかな自己啓発モノは一切読んだ事がない。だが、その日は数週間後に手術を控え、仕事にも疲れ、とにかくベストな状態からほど遠かった。多分、タイトルも良かったと思う。「お菓子・・・幸福」お腹が空いていただけかもしれない。気がつけば、手に取り読んでいた。\u003cBR\u003e\n本書は、お菓子メーカの東ハトが、社員向けに作った本である。あとがきの「僕たちがこの本をつくったわけ」を読むまで知らなかったが、東ハトは2003年3月に、ゴルフ場開発の失敗により倒産している。その後、民事再生をする事となり、本業のお菓子の部門と社員を引き継ぎ、2003年5月に同名の東ハトという新会社を設立する。会社が生まれ変わったとはいえ、社員は自信を失い、停滞した空気が社内に漂う。そんな中、経営メンバーが手がけたのが「社員一人一人が自分で考え、判断する」体制づくりであった。そのための社員が共有できるバックボーンが必要であり、それらが言葉となり、本となり、2003年12月にクリスマスプレゼントの意味合いも含め、社員全員に本書が送られた(その時は、飛び出す絵本であった)。社員向けの本ではあったが、メディアで紹介されるうち、分けてほしいという問い合わせがふえ、2004年5月には出版の運びとなった。\u003cBR\u003e\nそうした経緯を経て、書店で疲れている私が手に取るに至ったわけである。本書での幸福を感じる仕事はお菓子であるが、読み手の仕事に置き換えて読み進む事も十分にできる本である。さて、自分の仕事の場合はどうだろう。\u003cBR\u003e\n面白いと思える仕事が一番だと思って、仕事をしてきていた。もちろん仕事であるわけだから、実際は楽しいだけでも面白いだけでもないのだが、面白いと思えるからこそ一生懸命にもなれるし、良い結果に繋がるのだと信じている。暫く疲れた状態で仕事を続けていたので忘れてしまっていたが、ベストな状態で仕事をしていた自分を少し思い出せた。"
},
{
  "title" : "プログラマを笑え!",
  "isbn" : "4881664271",
  "date" : "2004-10-23T01:32:31.000Z",
  "publisher" : "ソーテック社",
  "authors" : "藤本 裕之",
  "categories" : "",
  "score" : "★★★★★",
  "comment" : "Appleのllciを手に入れて各種Mac系の雑誌を読むようになった頃は、とにかくヤミクモに端から端まで読んだものだか、だんだん気になるライターというのができて、その人達の書いたものから読むようになった。まぁ、皆そうだろうけど。特に「ナンダこの人は!!(私の語意における人に対する最上級の賛美)」と思って名前を覚えたライターというのが、本書の筆者であった。\u003cBR\u003e\nものごとの善し悪し、好き嫌いをハッキリと言い放ち、それだけでも読んでいて小気味良いのだが、その切り口がまた気持ち良かった。読む度に「やっぱり、この人は面白いなぁ」と思っていた。雑誌やWebでは限られた量の文章ばかりだったが、今回の1冊丸ごと藤本色の本書(そりゃそうだ)は、まさに「痛快! 藤本節爆裂本」となっている。\u003cBR\u003e\n特筆すべきは、前書きに中村正三郎氏が書かれている通り、第五章「超散文的オブジェクト指向入門」である。オブジェクト指向の説明を読み物として書き上げてしまう力量は、やっぱり「ナンダこの人は!!」である。"
},
{
  "title" : "多田道太郎句集 (芸林21世紀文庫)",
  "isbn" : "4768162169",
  "date" : "2006-01-11T10:09:06.000Z",
  "publisher" : "芸林書房",
  "authors" : "多田 道太郎, 小沢 信男",
  "categories" : "탊캩",
  "score" : "★★★★★",
  "comment" : "とある日曜日の午後(と、書くと一人暮らしのアンニュイな日曜日のようだが、あえて別の表現をすると \"珍しく土曜日に終電がなくなってから散開した酒宴の後の日曜日の午後\" ともいう)、遅く起きた私は、mailのチェックを始め、部屋に音がないのでとりあえずテレビをつけてみた。コーヒーの補充に出かけなければいけないのを思いだしたので、撮り溜めした番組の消化はやめてニュースでもやっていないかとチャンネルを変えてみたが、日曜日の午後では期待はできない。今となっては、その時、何が気になったのか分からないが、教育テレビの俳句の番組でチャンネルを変えるのをやめた。アナウンサーからインタビューを受けている俳人は、多田道太郎であった。\u003cBR\u003e\n年齢の割には白黒のはっきりした返答をする。非常に小気味よい語り口だと思って聞いていると、どこか飄々としている。憎めない好々爺である。mailもコーヒーも後回しで、真面目にテレビを見始めた。自身の生い立ちに降れ、いくつかの俳句の背景を語り、アナウンサーに「ご自身では、どの句がお好きですか」と聞かれると、徐に傍らの句集を手に取り「そうですね。どれが宜しいでっしゃろ。」俳人は京都在住である。「そうですね。“掌にあつめればたったこれだけ草の花\" とか、\"「スカタンや」「阿呆や」とののしる草の花どち\" は、わりに皆さん良いとおっしゃってくださいます。」アナウンサーはそうですかと返答したが、回答になっていないのは明らかで、単にはぐらかしただけなのだが、うまいやり方だ。食えないジイ様である。だが、その食えない加減が非常に美味しかったので、コーヒーを買いにいくついでに、書店に寄ってみた。\u003cBR\u003e\n句集に目を通し始めて暫く、俳句というのが生活に根ざしたものだと思い出した。句会でお題を与えられて詠んだ句のみならず、師や知人や娘の死にふれ詠んだ句と様々である。どれが好きかというのは非常に立ち入った質問であった。そんな簡単に答えられる訳なのだ。次の質問で何故と聞かれ、その背景を親しくもない者に話さねばならないのは辛い作業に他ならない。食えないジイ様は、あまりの言い様であった。撤回しよう。\u003cBR\u003e\n後にWebで、フランス文学の学者で、日本語や日本風俗学に関する著書も多い事を知る。ぜひ、この好々爺を追いかけて読んでみようと思う。"
},
{
  "title" : "続ぼくを探しに  ビッグ・オーとの出会い",
  "isbn" : "4061133225",
  "date" : "2004-09-20T02:49:20.000Z",
  "publisher" : "講談社",
  "authors" : "シェル・シルヴァスタイン",
  "categories" : "",
  "score" : "★★★★★",
  "comment" : "\n「ぼくを探しに」の続編で、本編では主人公が”自分の欠けている部分の欠片を探して旅をしている”のだが、続編はその”欠片”が主人公。\n本編を読んで見事にハマッてしまい諸々と考え込んでしまった身には、この視点を少しかえてみた話が、ある種の答えになってくれた。そう、万国共通の普遍的な問題解決方法「視点を変えてみよう」というのは、視野が狭くなった時には思いつけなくなりがちらしい。というか、それだけ本編で痛いところに触られてしまったという事なのだが...。"
},
{
  "title" : "新装 ぼくを探しに",
  "isbn" : "406112983X",
  "date" : "2004-09-20T02:48:24.000Z",
  "publisher" : "講談社",
  "authors" : "シェル・シルヴァスタイン",
  "categories" : "",
  "score" : "★★★★★",
  "comment" : "何となしに、引越し後3年ばかり椅子を探していると言った私を、知人が目黒界隈の家具屋散策に連れ出してくれた事がある。その日は決まらなかったのだが、後にあの店のあの椅子に決めたと連絡をしたら「あのシェル・シルヴァスタインの“ぼくを探しに”みたいな椅子ですな」と評してくれた。絵本だというのだが覚え乏しく、さしあたっては話を合わせようと本を購入することにした。本屋で驚いたのが、強烈にデフォルメされた主人公の表紙には見覚えがあり、むかし確かに読んだ事も、姪だった子(別れた旦那のお姉さんの子)にプレゼントした事まで思い出した。\u003cBR\u003e\n良い絵本は、話が簡単で奥が深い。主人公はパックマンのような姿で、自分の欠けている部分にあうピースを探して日々転がりながら旅をしている。道中、色々な欠片たちに出会うのだが...。\u003cBR\u003e短く単純な言葉なのだが、その時々の読み手の心の状態により、如何様な意味をも持たす事ができる非常に興味深い本である。こんなに面白いのに何故ちゃんと覚えていなかったのか不思議であった。おそらく最初に手にした頃は幸せボケしていて、“私はもうピースを見つけているわ”ぐらいにしか思わなかったのだろう。(おそらくもなにも、若かったのである。)\u003cBR\u003e\nそれに引き換え、再読した時の私は、欠けている部分のある姿が自分と重なって仕方がなく、ピースを探す主人公になぞらえては自分に欠けているものは何なのかと考えあぐね、仮に伴侶を得ても埋める事のできない欠損部のある事に気付き、痛く悲しくなってしまった。(自分でも往生際が悪いと思うのだが、つまりは、そういう年齢になってしまったようである。)\u003cBR\u003e\nだが、しかし、その悲しみもビック・オーと出会うまでの事...。ある種の答え(救いでも慰めでも良いけが)に相当するものが託されているので「ぼくを探しに」を読んで悲しくなってしまった人は、続編「ビック・オーとの出会い」も手にしてみよう。\u003cBR\u003e\nこうして2冊の本を読んで、自分の心の動きの落差にすっかりやられてしまった私にとって、「ぼくを探しに」は、自分の心の状態を計るバロメーターという位置づけを得るに至ってしまった。何年か経った時に、この本を読んで何を思うのか、非常に楽しみである。\u003cBR\u003e\n蛇足なのだが、作者はpieceとpeaceを懸け合せているのではと思えてならないでいる。英語版も手に入れねば。\u003cBR\u003e\nさらに蛇足なのだが、続編が手元に届くまでの間に、「汚れちまった悲しみに」がどうしても読みたくなり本棚を漁ってみた。以来、私的には久しぶりに本の連鎖が続いている。ともあれ、良い本に再びめぐり合わせてくれて、本を読む習慣を取り戻させてくれた知人に、何よりも深く深く感謝。"
},
{
  "title" : "おやすみ、おやすみ (詩人が贈る絵本)",
  "isbn" : "4622047241",
  "date" : "2005-02-16T22:07:08.000Z",
  "publisher" : "みすず書房",
  "authors" : "シルヴィア プラス",
  "categories" : "",
  "score" : "★★★★★★",
  "comment" : ""
},
{
  "title" : "バナタイム",
  "isbn" : "4838714149",
  "date" : "2004-09-28T14:14:17.000Z",
  "publisher" : "マガジンハウス",
  "authors" : "よしもと ばなな",
  "categories" : "",
  "score" : "",
  "comment" : "今となってはツマラナイこだわりなのだが、同世代の作家を読む事は避けてきていた。「アイコ16歳」を15歳で立ち読みしたのがキッカケだ。内容も気に入らなかったが、作者が同学年というのもカンに触った。おかげで、後に友人から荒井素子を勧められた時も読まなかったし、せっかく黄金期のマリクレール(中央公論社が出版元だった頃)を定期的に購入していたのに「TUGUMI」も読まなかった。更に言うと、小説家の書くエッセイというのも嫌いで、感じたものを捏ねるのではなく、単に切った爪を並べただけのようにして人の日常生活を覗き見させらるのは、読んでいて居心地の悪いものだった。そんな二つのこだわりがやぶれたのが、この「バナタイム」だ。\u003cBR\u003e\n常としてきた事が崩れる時は、いつも気持ちが弱っている時だ。だが、今回はつまらないこだわりが取れたのだから良い事だろう。\u003cBR\u003e\n本書は2000年11月から2002年10月まで、ファッション誌「GINZA」に連載されたエッセイに加筆修正し、2002年12月に発行されたものである。内容は、父親の海での事故の話から始まり、長くつきあっていた彼との別れから、違う人と結婚して産休に入るまでの事柄を書いたものである。\u003cBR\u003e\nあまりファッション誌は買わないので、連載されている事も知らなかった。書店の新刊コーナーで平積みされていたので目に留まった。手に取り、目次を見て気になったのが「別れというもの」という章。その1、その2と2章に渡るそのエッセイは、元カレとの別れと結婚する人の事柄が交差する。驚いた。新婚の奥様なのに、元カレとの別れで引きずっているモノ、未練とかではなく、体が覚えている元カレとの生活のリズムについて臆することなく語っていた。何て事だ、これでは切った爪ではなくて、生爪だ。何より、私にはこの辺のくだりは読んでいて痛かった。ちょうど離婚後に9年ばかり付き合っていた彼とハデな修羅場をして別れたばかりだったので、人が別れるという作業をどんな風にこなしているのか覗き見したくて「バナタイム」を読んだのだが、所詮こんな思いは皆同じみたいだ。単に落ち着いた年齢になってからの色恋沙汰が、やたら応えるという事なのかもしれないが。ただ、同じ「別れというのも」の章の最後に書かれている、「別れがこういうものであったら良いと思う」というくだりが、ちょっと良かった。というか、そういう別れ方をすればよかった。\u003cBR\u003e\n久しぶりに読み直してみたら、痛さ加減が和らいでいた。また、これも良い事だろう。"
},
{
  "title" : "はみだしっ子 (第1巻) (白泉社文庫)",
  "isbn" : "4592882113",
  "date" : "2007-08-13T06:12:14.000Z",
  "publisher" : "白泉社",
  "authors" : "三原 順",
  "categories" : "漫画",
  "score" : "★★★★★",
  "comment" : "告白しよう。私の人格形成の80%は「はみだしっ子」によって成された。・・・若干、大げさだろうか。だが幼年期に受ける影響というのは良きにつれ悪しきにつれ大きなものである。夢や希望や憧れ然り。世の中を見るフィルターが変わったのならば、なおの事だ。\u003cBR\u003e\n私の育った家庭は、至って保守的な両親と、夕餉の食卓で戦時中の5人組の家は今もって特別なのだと教え込む祖父母、年子の弟、そして結婚前の父の兄弟達。裏山に団地が建ち始め、核家族という言葉が使われ始めた世間からは、取り残された空間であった。当時、比較的多くの家庭がそうであったように、私の家でも漫画を読む事は禁止されていた。そのような環境下での私と漫画との出会いは、友人宅で「花とゆめ」を読んだ事だった。まさに、カルチャーショックである。その時の一番の衝撃は山田ミネコ作品(因みに”走れアリス”)で、その翌週から親に隠れて買うようになった「花とゆめ」で出会ったのが「はみだしっ子」だった。\u003cBR\u003e\n数々の名言を生んだこの作品は、4人の子供達が主人公である。4人は、自分たちを愛してくれる家族を探す旅をする。それぞれが親との間にトラブルを抱え、それぞれの理由で家を出ている。旅の途中、その時々で面倒をみてくれる大人たちと関りや、行方を探し当てるそれぞれの親と再開、大人の都合や社会の偽善の中で4人は...。\u003cBR\u003e\n親や学校の先生の言う通りにするのが一番だと教える家庭の子供であった私は、初めて、周囲に何も考えずに同調する事に疑問を抱き、自分の目で見て判断する事の大切さに気付いた。あまつさえ、殴る習慣のある父との決別方法さえもだ。\n作者が亡くなった事は、書店に並ぶ「ぱふ」の一周忌にあわせた追悼特集号を見て初めて知った。自分の心の一部を失った気がした。人として生きていく上で大切な事はいくつかあるが、その大切な事の一つで、一番大切な事を教えてくれた作品である。"
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