あなたが数学でつまずくのは、数学があなたの中にあるからだ この本は、こどもたちと数学のあいだがらのことを書いた本だ。 でも、「どうやったらこどもたちに上手に数学を教えられるか」ということを書いた本ではない。どちらかというと、「どうやったらこどもたちから数学を学ぶことができるか」、それを書いた本である。 さらにいうなら、「数学がいかに有能で役に立つものか」を押しつける本でもない。そうではなく、「数学を役に立てる必要なんてないじゃん」ということを説いた本だ。誰かと友だちになりたいなら、まず、そいつを何かに利用しようなんていう浅ましい考えは捨てることだ。数学と友だちになりたい場合も同じである。まず、そいつの話をじっくりと聞き、いいところも悪いところも知ってあげることだ。そして思いっきりけんかをすることだ。そうした末に、そいつの良さといとおしさがわかるのだから。 多くの人は、「数学は完全無欠なもの」と思ってる。だから、その「クールさ」に嫌悪感を持つ人もいるし、なんとかリベンジして自信を回復したいと躍起になる人もいる。 でもそれは全くの誤解だ。 数学は、紆余曲折の末作り上げられてきたし、まだ完成からほど遠いものだ。今の数学は、宇宙からそのままの形で降ってきたものではなく、数学者たちが歴史の中で悪戦苦闘して作り上げたものだ。その過程で、失敗も間違いもあったし、遠回りもした。だから、現在の数学にはその傷としての「でこぼこ」がまだまだたくさんあって、それで人は足をとられて転んでしまうのだ。数学につまずいたからといって、それは君の落ち度ではない。それは数学に「でこぼこ」があるせいなのだ。けれどその「でこぼこ」は、数学の人間臭さだから、君はひょいひょいとかわして歩く必要はない。転んだら、立ち上がればいいし、何度も転ぶならそこだけ迂回して進めばいいと思う。 結局この本は、「あなたが数学でつまずくのは、数学があなたの中にすでにあるからだ」という、かなりパラドキシカルなことを語る本だ。そういうことを、数学教育や数学史や思想・哲学など引っ張ってきて説得しようともくろんでいる。だから読者は、この本を読むとき、何かの勉強のつもりで読むのではなく、どちらかといえば、友だちの相談ごとを聞いてあげるような感じで読んでほしいと思う。相談ごとというのは、とにかくまとまりがなく、時に身勝手なものだ。でも、親身になって聞いてあげるうちに相手の素性と性格がよくわかってくる。